【 even 】
一陣の、風が吹いた。太陽も照りつけることを諦めた、薄く灰色に彩られた空。下に広がる戦場には、幾多の喘ぎと砂埃が巻き上げられる。王国暦756年。数年前から続けられている領土をめぐった国と国との争いは、今まさに最後の局面を迎えようとしていた。
「・・・長かったな」
「ああ、しかしこれでやっと終わる」
戦場の中心には2つの影があった。砂塵の舞う戦場に、風にたなびく彼らの赤と青のマントが鮮やかだった。彼らは争いを続ける2つの国の将であり、共に一万を越す兵を率いて戦っていた。しかし何年も続いた戦争で、すでに兵は数百に数を減らしている。
2つの国の戦力は、面白いくらいに五分だった。有能な将兵も、数はほぼ同じ。同じように数を減らしていき、最後にこの2人が残った。2人のどちらかが倒れれば、勝った方が残りの兵士をまとめて相手国を滅ぼす。戦争の終結はもうすぐ目の前にまで迫っていた。
最後の戦いは、国と国との境にある広い荒野で行われていた。今年は雨が少なく、乾ききった大地には立ち枯れの木も少なくない。
「この不毛な戦争の、最後の戦いの場所にふさわしい。そう思わないか?」
赤いマントの男は、荒野を見渡して青いマントの男に問いかけた。2人の周りでは、彼らの率いてきた兵たちが、個々に争いを繰り広げている。問われて荒野を見渡し、青いマントの男は戦況を確認する。・・・五分。
「そうだな・・・。そして俺たちの最初で最後の戦いの場所だ。いずれ訪れるとは思っていたが、とうとうこの日がやってきたか」
「・・・感傷的だな」
「一度お前とは本気の勝負をしてみたかった」
「俺たちの戦いに国の威信がかかっている。勝ったほうの国が勝つ。これほどの名誉で分かりやすい勝負はない」
「ああ、身に余る光栄だ。お前は敵国の最後の将。お前を倒して俺が勝つ!」
青いマントの男の言葉を聞き、赤いマントの男は同意するかのように笑んだ。
それが開始の合図だった。
鞘走りの音が響き、2人の剣が高い音を上げて交差した。自分の攻撃が受けられたことを知ると、すぐに刃を離し、次の一撃を放つ。
2人の勝負は互角だった。赤いマントの男が仕掛けた攻撃をさらりとかわし、青いマントの男が攻撃を仕掛ける。その攻撃を真っ向から受けると、跳ね返してさらに次の攻撃を仕掛けた。ストレートで直接的な攻撃主体の赤いマントの男と違って、青いマントの男の攻撃は変化球で相手の力の反動を利用するものが多かった。しかしお互いに相手の技の特性や癖を知り尽くしているかのように、たくみに剣を交えている。
「やあっ!」
掛け声をかけて重い一撃を放つと、赤いマントの男は青いマントの男のわき腹に傷を作った。服を破って肌を突き破った傷から、赤い血が滲む。
「へへっ、俺の攻撃を受けて返してるだけじゃ、俺のことは倒せないぜ?」
青いマントの男は一瞬こみかみに皺を寄せて痛みをあらわしたが、すぐに低い姿勢を作り青いマントの男の懐に入り込んだ。下から上に切り上げるようにして、仕返しとばかりに赤いマントの男の肩口に傷をつける。
「ご忠告ありがとう。でも、その技を決めた直後に注意が散漫になる癖、改めないことには俺は倒せないよ」
「ってえ。・・・てめー、その無言で切りかかってくる癖、やめろよな!」
「お前のように、ぎゃーぎゃーうるさいよりマシだよ」
「うるさくねーよ!大体、攻撃のときに気合い入れるのは普通だろ?周りを見てみろ、あいつらだってわーわー言ってるじゃないか!」
「知ってるさ」
戦況は未だ互角だった。初めのころより、数人での戦闘が多くなっている。1対1で戦って、勝った方が仲間の戦いの応援に駆けつける形で、小さな人だかりがあちこちにできていた。
「・・・将も互角、兵も互角、国の力も互角・・・か」
「・・・戦争の、結果が見えるようだな」
「言うな!それは誰もが考え、だが口にしてはいけないことだ」
言葉を遮るように叫ぶと、青いマントの男は驚いたように赤いマントの男の顔を見て、自嘲的な微笑を浮かべた。
「そうか、直情的なお前でも、そう思っているんだな」
「少し考えれば、誰でも思い浮かぶことさ。この戦争の結果と、国の行く末が」
荒野に生温い風が吹いた。一瞬、砂埃で目の前が霞む。
「・・・お互い、馬鹿な国王を持つと苦労するな」
「ははっ、あいつらは馬鹿なんじゃないさ。きっと分かってる。ただ、お互いに負けず嫌いなだけだ」
「俺と、お前のように?」
問われ、不敵な笑みを返す。
「・・・そう。だから、俺はお前を倒してこの戦争に勝つ!」
赤いマントの男と青いマントの男は、属する国は敵同士だが、お互い幼いころから同じ師について剣を学ぶ旧知の仲だった。むしろ家が互いの国の辺境にあったからか、あまり国家の干渉を受けず、自分と相手の住んでいる国が違うことを意識したのは、かなり成長してから・・・、戦争が起こり、将兵として別々の国に借り出されてからだった。
2人の剣は、対照的だが強さは互角だった。お互いに得手と不得手があり、お互いにそれを知り尽くしている。試合なら何度もしたことがあった。勝ちと負けを繰り返し、勝敗は五分。
砂埃にむせ返った。戦場一帯が、薄い土色の霧で覆われている。足元には既に戦いの勝敗のついた敵や仲間が、赤黒い血だまりに力なく身体を横たえていた。戦況は上手く確認できないが、聞こえる声から、相当数の死傷者が出たことは分かる。
剣を交える。鉄と鉄がぶつかり合う音が、周りの雑音を抑えるように高らかに響く。互いに別の国の将として迎えられてから、会うことは1度もなかった。けれど噂だけは耳に入ってきており、いつか戦うことになるのだろうかとぼんやりと考えた。1度命を懸けて本気の勝負をしてみたかった。それは嘘ではない。しかし親友でありライバルでもある男を、こんなくだらない戦争で失いたくもなかった。
勝ったほうが生き残り、負けたほうが死ぬ。
本気で戦いを始めれば、その結末に至ることは予想ができた。しかし手を抜くことはしたくなかった。剣に生き、剣に死ぬ。それがこの世界で生きるものの道だ。
振り下ろされる剣を頭上で受け止めた。はじいて首筋を狙って突きを繰り出す。簡単に避けられ、互いに大きく間合いを取った。
腕から滴り落ちた血で滑って、剣を握る手に上手く力が入らない。流れ出た血のせいで、気を抜くと倒れこみそうになる。傷口が熱い。足に力が入らない。それでも目だけは相手をまっすぐに見据えてそらさない。弱みも本音も知られたくない。
本当は戦いたくないだなんて。
左肩をえぐるように切っ先が突き刺さった。思わず息を止める。親友の静かに光る瞳が目に入る。痛みを紛らわせるように軽く頭を振ると、足に力をこめ、身体を後ろにそらして剣を抜いた。ドクドクと血があふれ出す。応急処置をしている暇なんてない。傷のことは考えないようにして、もう1度右手で剣を構えなおした。
視界は上手く定まらなかった。呼吸すらも上手くできていない。ぜいぜい喘ぐ音が酷く耳障りに聞こえる。もはや相手がどんな顔をしているかさえ、判断することはできなかった。それでも目に映える鮮やかな色のマントと背格好が、戦う相手を教えてくれる。
剣を構える。時が止まる。相手の隙を伺うこの瞬間が、戦いの中で一番好きだ。ピンと張り詰めた緊張感。音も景色も遮断され、痛みさえも気にならなくなる。頭が冴える。呼吸が整う。
男は笑んだ。
心臓を貫かれ、青いマントの男は自分が負けたこと意識して、静かに目を閉じた。仰向け倒れこみ、薄れ行く意識の隅で、友が自分の名を呼ぶ声を聞いた。傷口から溢れる血が、青いマントを赤く染め抜いていく。
赤いマントの男は、腹に突き刺さった剣に手を添えたまま、抜くこともできずに地面に膝を付いた。呼びなれた友の名を呼び、大地に身を預ける。身体が地面に倒れこんだ拍子に剣は深々と突き刺さり、背中から一本の鉄を生やした。
その数時間後、最後の決戦は全ての者から腕を、足を、目を、時には命を奪い、引き分けという形で決着がついた。
国は最後の将を失い、王たちは最後の手段に訴え、自らが残りの全ての兵を率いて戦った。その戦いは国の全てをかけた消耗戦になり、多くの物資と命が失われた。土地は荒れ、国中に人々の嘆きがこだました。
戦争はそれから1年続けられた。それぞれの国の王が中立の立場の人間に同時期に暗殺されるまで。国は王を失い、戦争は終わりを告げた。多くの死者と、悲しみと、荒れた大地とを残して。
これはリクエストを頂き、友達の誕生日祝いに書いたものです。誕生日祝いのくせにやたら救いのないラストですが(笑)
これは戦ってるシーンを書くために書いた話ですが、やっぱりどんなジャンルを書いても自分テイストは消えないんだなーと実感した作品でした。
2006/2/21 嘉純
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